株価算定と取締役の責任(経営判断原則)

はじめに

株価算定は様々なシーンで必要とされており、これを怠ったことによって会社に損害が生じた場合、取締役は責任追及を受けることになります。

実際の例として、会社資産である他社株式を適正な株式評価に基づくことなく第三者に売却したケースで、売却を決定した取締役らに対し、約17億円の損害賠償義務を認めたものがあります(大阪地裁平成25年1月25日判決)。

したがって、株価算定は、意思決定を行う上で軽視することのできない重要なプロセスであるといえます。

本稿では、株価算定と評価レポート取得が取締役の責任判断においてどのように重要な役割を果たすかについて解説します。

経営判断原則とは

取締役は、会社に対して「善良な管理者の注意」をもって職務を負う義務(=善管注意義務)を負っており(会社法330条、民法644条)、義務違反によって会社に損害が生じた場合は、任務懈怠として損害賠償義務を負うことになります(会社法423条1項)。
しかし、取締役が将来を正確に予測することは時には困難であり、会社に損害が生じた場合に常に責任追及を受けるとなると、取締役が意思決定において委縮してしまうことになります。
そこで、取締役の善管注意義務違反の有無を判断する枠組みとして、「経営判断の原則」が用いられています。

 

経営判断の原則とは、元々アメリカで用いられていた原則であり、裁判所は、取締役・会社間に利害対立がないこと及び取締役の意思決定過程に不合理がないことのみを審査し、判断内容の合理性には一切踏み込まないというものです。
日本においても、善管注意義務違反の判断基準として、(アメリカで用いられている概念とは内容が異なる面もありますが、)経営判断の原則が明確に位置付けられています(最高裁平成22年7月15日判決)。
具体的には、判断の前提となった事実を認識する過程における情報収集やその分析に誤りがあるか、あるいは、その意思決定の過程や内容に企業経営者として明らかに不合理な点がなかったかが判断されることになります。
 

判例分析及び評価レポート取得の重要性

株価算定の必要が生じるのは上述のとおり&等を行うタイミングですが、これらが会社にとって非常に重要な局面であることは明らかです。

取締役として意思決定時の対応を誤った場合、取締役の地位を解任されたり、数十億円規模の損害賠償責任を負わされたりする可能性がありますので、会社だけでなく取締役個人にとっても相当リスクの高い重要な局面であるといえます。

以下、株価算定に関連して取締役の責任が追及された実例を若干解説します。

  1. 最高裁平成22年7月15日
①事案の概要

完全子会社ではない子会社の完全子会社化にあたり、株式買取価格が不当に高額であったとして、親会社の株主が親会社の取締役に対し、善管注意義務違反に基づく損害賠償を請求した事案。

買取価格の決定プロセスでは、弁護士に助言を求めた他、監査法人等社に株式評価を依頼していた。

  ②判旨

「事業再編計画の策定は、完全子会社とすることのメリットの評価を含め、将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられていると解される。そして、この場合における株式取得の方法や価格についても、取締役において、株式の評価額のほか、取得の必要性、参加人の財務上の負担、株式の取得を円滑に進める必要性の程度等をも総合考慮して決定することができ、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではないと解すべきである。」

「非上場株式であるAの株式の評価額には相当の幅があり、事業再編の効果によるAの企業価値の増加も期待できたことからすれば、株式交換に備えて算定されたAの株式の評価額や実際の交換比率が前記のようなものであったとしても、買取価格を1株当たり5万円と決定したことが著しく不合理であるとはいい難い。そして、本件決定に至る過程においては、参加人及びその傘下のグループ企業各社の全般的な経営方針等を協議する機関である経営会議において検討され、弁護士の意見も聴取されるなどの手続が履践されているのであって、その決定過程にも、何ら不合理な点は見当たらない

 以上によれば、本件決定についての上告人らの判断は、参加人の取締役の判断として著しく不合理なものということはできないから、上告人らが、参加人の取締役としての善管注意義務に違反したということはできない。」

  ③ポイント

取締役の判断に一定の範囲の裁量が認められることを前提に、決定の過程、内容に著しく不合理な点がなければ善管注意義務違反が成立しないことを判示しました。

経営判断の過程について、会議体の特性や意見聴取手続を経ている点等を慎重に判断していることから、第三者機関から意見を得ることや、適正な株式の評価レポートを取得することが裁判所の判断に影響するものといえます。

  1. 東京地裁平成23年9月29日
①事案の概要

共同株式移転に伴う移転比率の合意にあたり、公正な株式移転比率を定めるべき任務を悪意又は重過失により怠ったとして、移転比率を低く定められた会社の株主が当該会社の代表取締役に対し、善管注意義務違反に基づく損害賠償を請求した事案

  ②判旨

「独立した企業間の株式移転は、当事会社が互いにそれぞれの事業計画に基づいて将来の収支の状況や経営統合によるシナジー等を予測し、交渉によって株式移転比率を含む経営統合の諸条件を合意することによって行われるものであるから、このような株式移転比率の合意には、将来にわたる企業経営の見通しやシナジーの予測等を踏まえた会社の経営者としての専門的かつ総合的な判断が必要となるというべきである。したがって、このような判断事項の内容や性質等に照らし、株式移転比率に関する合意の任務に当たる取締役の判断が善管注意義務に違反するというためには、その判断の前提となった事実を認識する過程における情報収集やその分析に誤りがあるか、あるいは、その意思決定の過程や内容に企業経営者として明らかに不合理な点があることを要するものというべきである。」

「そこで、このような見地に立って本件についてみるに、前記1で認定した事実によると、〈1〉興亜損保は、損保ジャパンの財務状況等を慎重に調査するため、自社及び損保ジャパンのいずれとも関係のない独立した第三者機関であるPWCに対し、株式移転比率の算定とは別に損保ジャパンの財務デューデリジェンスを独立して行わせており、〈2〉その際に行われた財務デューデリジェンスは、金融保証保険のリスクに焦点を当てたデューデリジェンスや損失予想の算定を含む通常以上に念入りなものであった上、〈3〉興亜損保は、これを踏まえ、自社及び損保ジャパンのいずれとも関係のない独立した第三者機関であるメリルリンチ及び三菱UFJ証券が行った株式移転比率の算定結果を参考にしながら、双方の財務や資産の状況、将来の見通し等の要因を総合的に勘案し、損保ジャパンとの間で、協議、交渉を重ねた上で株式移転比率について合意したものであって、〈4〉合意された株式移転比率は、証券会社5社がそれぞれ別個に市場株価法、類似上場会社比較法、DCF(DDM)法等で算定した評価レンジの範囲内にあるか、むしろ同レンジよりも興亜損保に有利なもので、その中間値の平均値(0.946株)とほぼ等しい内容となっており、〈5〉上記株式移転比率に対しては、メリルリンチ及び三菱UFJ証券から、興亜損保の普通株主にとって財務的な見地から妥当である旨の意見が表明されたというのである

これら諸点に照らすと、被告が興亜損保の取締役として本件株式移転の移転比率を合意するに当たり、判断の前提となる事実を認識するために必要な情報の収集や分析を誤ったということはできず、また、その意思決定の過程や内容が企業経営者として不合理、不適切なものであったということもできないことは明らかである。したがって、本件株式移転における移転比率の合意について、被告に善管注意義務違反となるべき任務懈怠があるということはできない。」

 ③ポイント

判断の前提となる事実を認識するために必要な情報の収集や分析として、第三者機関に財務状況の分析や株式移転比率の算定を行い、これらの結果を踏まえて取締役が判断を下している点を重視し、善管注意義務違反の成立を否定しています。

経営判断の原則は、判断内容だけでなく、判断過程としての情報収集・分析・検討が十分になされたかを審査するため、株式評価について、第三者機関から適正な評価レポートを取得することは非常に重要であるといえます。

おわりに

 今回は、取締役の責任に関する原則である「経営判断の原則」とは何か、そして、株価算定を正確に実施することの重要性について解説しました。

株価算定を誤ったり、適正な株価算定を参考としなかった場合、解説のとおり取締役解任や損害賠償義務を負うことになりかねません。特に上場企業の場合は問題発生時の損害規模が大きいため、取締役個人にあたえるインパクトは甚大なものになる可能性があります。

会社利益の保護に加えて、取締役としての責任を全うし、責任追及のリスクを回避する上でも、株価算定にあたっては適正な評価レポートの取得が求められます。

本記事の法律監修

岩崎総合法律事務所 代表弁護士 岩崎隼人(第二東京弁護会所属)

大手渉外法律事務所勤務を経て岩崎総合法律事務所を開設

スタートアップから上場企業までを対象に企業法務サービスを提供しており、

ストックオプション発行や株式評価に関して多数の実績を有する。

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